お彼岸やお盆はお墓参りをされる方が多いと思いますが、お墓の後ろに細長い板が立っているのはご存じでしょうか。
宗派によっては無い場合もありますが、真新しい板が立っていたり、少し黒くなった板が沢山立っていたりします。
これは卒塔婆「そとうば」や塔婆「とうば」といいます。お寺様に頼んでご用意頂く塔婆ですが、由来や背景を知れば、今まで以上に故人への想いや、お墓参りの大切さを知って頂けるのではないかと思います。
今回は語源や由来につてお話したいと思います。
卒塔婆・塔婆の由来
卒塔婆は仏教の生まれたインドから始まったと言われています。語源はサンスクリット語で「ストゥーパ」と言います。「ストゥーパ」は、お釈迦様の遺骨を納めた仏塔に始まります。
お釈迦様の没後に遺骨を分配して、それを祀るために八つの地方の部族に配られました。遺骨を納めるために10基のストゥーパを造立したのが始まりとされています。
そして「ストゥーパ」は、お釈迦様のみならず王族や一部の有力者の遺骨を納める絢爛豪華な仏塔としても使われました。 高く顕れるという意味でもあり、涅槃「ねはん」の境地を象徴しています。
涅槃「ねはん」とは仏教において、煩悩を滅尽して悟りの智慧を完成した境地のことで、迷いや悩みを離れた安らぎの境地を意味しています。
「ストゥーパ」は中国へ渡り「卒塔婆」と言う漢字をあてられ、日本にもそのまま入ってきました。
平安時代末期から鎌倉時代になると卒塔婆が徐々に庶民にも知れ渡ります。しかし土地も財力も無い庶民には絢爛豪華な仏塔なんて到底建てることは出来ませんでした。
それでも、亡くなった人への供養の想い、仏教への想い、信仰心の強さから、塔に見立てて石を積んだり、「ストゥーバ」を模した板をお墓に立てたりすることが瞬く間に広がり故人の冥福を祈ったと言われています。
ここから、年月をかけて現在の木の板状の卒塔婆の形になっていきました。
いつの時代でも形が変わっても故人への供養の想いや願いは変わらないことが確認できます。
次回は卒塔婆の意味についてお話させて頂きます。